ちゃーちゃんとるーちゃんず

ちゃーちゃんと姉妹のるーちゃんず、そして新入りの弟と旦那の5人暮らし

11週での稽留流産

一人目がもうすぐ3歳になる頃、

二人目ができた。

 

 

ママのおなかには赤ちゃんがいるんだよ

もう少ししたらお姉ちゃんになるんだよ、大丈夫~?

とかふざけて子供に話していた。

 

幼稚園の下見をしに行く時に、幼稚園生がおなかにぶつかってきたら嫌だなと思って、安定期まで少し早かったけれど妊婦バッチをカバンにつけ始めた。

児童支援センターで知り合ったママに幼稚園の下見で会い、早速気づかれ、二人目?おめでとう!と言われた。

 

この頃、上の子は魔の2歳児真っ盛りで手に終えなかったため、保育園の一時保育にたまに預けていた。

保育園にも一人目が赤ちゃんだった頃からのお友達ママがいて、二人目ができたんだ!と喜びを話していた。

 

二人目の妊娠が発覚してから、検診も順調にきていた。

ほんの少し出血があったので、次の検診まで数日あったけど婦人科を訪れた。

特に気にすることはない、普段通りの生活でという診断で、10週の検診を終え、次は13週となった。

 

次に赤ちゃんの様子がわかるのは3週間後。

うっすら茶色い出血は続いていたけれど、いつも通りに過ごしていた。

 

13週の検診がやってきた。

10月21日。

いつも通り、子供と一緒に婦人科へ。

 

いつも通り、診察台に乗る。

先生の診察が始まる。

赤ちゃんピコピコしてるかなー、そう思ってた。

画面にエコーが写る。

 

 

あれ?

ピコピコ

 

ピコピコ・・してない?

 

よく写っていないだけだよね、きっと

 

 

先生の沈黙が長い?

 

・・・

 

 

 

画面下の方に出る、赤ちゃんの計測サイズと週数から算出される数値がマイナスになっている。

 

 

 

・・・

これって・・・

 

 

・・・・

 

 

 

 

「心臓が動いてないね」

先生がゆっくりと話し始めた。

 

 

「残念だけど、稽留流産だね」

 

「赤ちゃんは11週くらいの大きさで成長が止まってしまっている」

 

「僕が手術してあげられたらよいのだけれど、ここまで大きくなっていたらここでは手術できないので紹介状を書くよ」

 

「しばらく待合室で待っていて」

と言われ、診察を終えた。

 

 

しばらくして診察室に呼ばれ、

 

「初期流産はどうしようもないんだよね、四人に一人はしてしまうものだからあなたが自分を責める要素はなにもない」

 

「産院はどこの予定だったかな、そこへ紹介状を書くから」

 

「心拍が停止してから3週間ほど経ってしまっているので、明日早急に紹介状を持って病院へ行きなさい」

 

的な話をされた覚えがあるが、

心ここにあらず状態でぼーっとしていた。

 

 

診察を終え、看護師さんに声をかけられた。

 

「大丈夫?奥に部屋があるから落ち着くまでそこで休んでいったら?」

小さなベッドのある部屋に連れて行かれた。

 

看護師さんが部屋のドアを閉め、居なくなった瞬間涙が溢れてきて、声を出して泣いていた。待合室にいる沢山の人に聞こえないように。

 

側には娘が居たというのに

こらえきれず泣いてしまっていた。

 

今思えば、どれだけ2歳の子供にお母さんが突然泣き出すという大きなショックを与えたかなと思います。

 

しばらくして泣き止み、

「大丈夫だよ、泣いたりして不安にさせてごめんね」と娘に話をして、待合室へ戻った。

 

 

紹介状を受け取り、帰りにぼーっとしながら

夕食も簡単に作れるものを、元気を出すためにもとカツを買い、カツ丼にしたことも鮮明に覚えている。

 

仕事をしている最中の旦那には連絡はとてもじゃないけれど出来なかった。

 

ぼーっとしながら夕食を作り、子供と食べる。

 

これから帰ると旦那から電話がかかってきた。「検診、どうだった?」と聞かれた。

 

 

「・・・」

 

「どうした?」

「何かあった?」

 

 

 

 

「赤ちゃん  死んじゃった」

 

 

 

そこからは何を話したかよく覚えていない。

涙が溢れてきてヒクヒクしながら話したことは覚えてる。

またまた子供のいる前で我を失ってしまっていた。

 

あまりの私の状態に旦那は心配したようで、私との電話のあと、千葉の実家から母を呼んでいた。

 

「話は聞いたよ、これから行くから」

そう、母から電話があった。

 

 

今、こうして何年も、四年経ってもあの日のことは鮮明に思い出され、思い出すと涙が出てきます。

 

 

なぜそんな辛い経験を記録に残すのかと思う人もいるかもしれない。

 

でも、私はこの子のお母さんにたったの11週間だったけど、なっていた。

おなかの中の赤ちゃんと共にあたたかい、ほんわかした時間を過ごしていた。

私は本当は3人の子のお母さんなんだ・・

 

そして、

同じように辛い経験をしている人がいると思う。その人の行き場のないどうしてと思う辛い気持ちが以前同じ状況にあった私の経験によって少しでも気持ちが落ち着けばと思います。

 

 

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